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2020.08.29

モノトーンな空間で借りる、モノのチカラ。

夕飯の支度や、朝のルーティン家事。何気ない日常を収めたその動画を眺めていると、自分でも気づいていなかった綻びが繕われていくような心地よさに包まれる。かつて器や骨董好きが遠方からも訪れた店を営み、現在はYouTuberとして活躍。「売り手」から「使い手」へと立場を変えながらも、モノが暮らしにもたらす豊かさを発信し続ける双葉さんに、その秘訣をうかがってきました。

賃貸マンションの無機質な部屋でこそ、モノの力を借りる。

 

よくあるつくりの3LDKの賃貸マンション。築30年になる建物の脇を走る道路は交通量が多く、近くには量販店やチェーン店が並ぶ。どこにでもある郊外の風景。

けれどその部屋には、結界でも貼られているかのように静穏な時間が流れていた。“魚が水の中に住むように、人は心の中に住んでいる”という数学者・岡潔の言葉をふと思い出す。

 

  • 自宅のリビングの一角。(Photo:Futaba)

  • 賃貸マンションの玄関先。(Photo:Futaba)

  • 薄い麻のカーテンから柔らかな光が入る。(Photo:Futaba)

こういう、賃貸マンションのような無機質な部屋でこそ、モノの力を借りたら良いと思うんです」と話す双葉さん。このマンションには会社員のご主人と二人暮らしだ。

家具やインテリアだけを脳内でデリートすれば、確かに何の変哲も無いマンションの一室。そこに使い込まれたテーブルや和箪笥、オブジェのような存在感を放つ土鍋や器が並んだ途端、どこにもない個別の空間となる。

  • リビングに隣接して和室もある。どこかエキゾチックな雰囲気も。(Photo:Futaba)

  • 部屋を選ぶポイントは「外観、部屋の建具、日当たり、広さ、そしてガスコンロ」だそう。(Photo:Futaba)

  • 寝室の飾り棚(Photo:Futaba)

「お店をやっていたとき、『うちは狭いから』とか『うちには似合わないから』とお客さまがよくおっしゃるのを勿体無いなと思っていたんです。自信がないから、というよりも、無意識の口癖になってらっしゃる感じというか。作家さんの作品であったり、おもしろいモノが世の中には沢山あるので、むしろ積極的にそういうものを家に招くことで、新しい世界が拓けて楽しいのになぁと」

 

ドキリ、とした。同じようなセリフを私も口にしていたやも…。自分の今いる場所をぞんざいに扱うこのクセは、一体いつからついたんだ。ゆったりとした口調で繰り出される双葉さんの素朴な質問は、度々私達に固定観念のゲシュタルト崩壊を起こしてくれた。

  • 丁寧な手つきでお茶を淹れてくれている双葉さん。

  • 我谷盆、片口、急須、しのぎ茶碗、茶托。それぞれ作家もの。お菓子は実家がある富山の銘菓「薄氷」。

古い器も、現代の器も、“うち”目線で選ぶ。

 

双葉さんは2年前まで金沢市で器と古道具のお店を営んでいた。

出身は富山県。大学在学中にフードコーディネーターという仕事に興味を持ち、卒業後東京にあるフードコーディネーターの養成学校に入学する。インテリアや絵画が好きだった両親の影響もあり、工芸品も身近なものだった。「器のお店をやりたい」という気持ちが輪郭を帯びるようになったのは東京でのアルバイト先でのこと。

 

「神楽坂にあった『巴有吾有(パウワウ)』という喫茶店で働かせてもらっていたんです。マスターの奥様が陶芸家をされていて、2階はギャラリーになっていていました。昔ながらの喫茶店だったので、壁に煙草のシミがあったり、幾度となく洗われた器は縁が欠けていたりもする。そういった時間の蓄積や時を重ねた姿が“美しいな”と思ったんですね。お店では日々いろんな器を眺めさせてもらい、たくさんの刺激を受けました」

  • 閉店時に“形見分け”としてもらったという安藤雅信の器は、使い込まれて縁が少し欠けている。引越しを重ねても大切に手元においている一皿。

双葉さんが営んでいた10畳ほどの店には、アンティークや骨董、現代作家の器からアフリカのオブジェに至るまで、異なる時代・場所からやってきたモノが並び、それらはすべて「双葉さんが選んだ」ということだけが共通項だった。カテゴライズを拒むような小さくも濃密な空間には、全国各地から器や古道具好きが訪れていた。

 

「器ものが多い店なので、よくお客様同士で“工芸とは・民芸とは”といった討論をされていました。作家さんでも工芸にまつわる考えをお持ちの方は多くて、私にも色々と話をしてくださるんです。けれど私にはあまりピンとこなくて。いち使い手としてモノを選んでいるだけなので、『素敵だなぁ』とか『うちにこの器があったらどうだろう』とか、本当にそういうことしか考えてないんですよね」

  • お店でも扱っていた金沢在住の漆工・杉田明彦さんの「鼓椀」。「自分が使って“良いな”と思った作家さんの作品を扱うことが多かったです」(Photo:Futaba)

  • 自宅の食器棚。「店を開いた当初はヨーロッパの器に惹かれていたんですが、段々と日本のものが気になって。和食は料理のバリエーションが多いので、器の種類も多いのが楽しい」(Photo:Futaba)

8年目を迎えた2018年、「来月お店を閉めます」と突然の告知の後に双葉さんは店を閉じた。数年前から全国誌でも度々紹介されるようになり、店が軌道に乗っていた最中のことだった。

何か決定的なことがあった訳ではない、と双葉さん。けれど「心がついていかなくなった」のだという。

  • 食器棚はお店で使っていた什器をそのまま自宅へ連れ帰ったもの。

毎日の暮らしの中で、美は生産できる。

 

店を閉め、主婦となった双葉さんが、YouTubeに動画を投稿し始めたのは1年後のこと。誕生月に何か新しいことを始めたい、というシンプルな動機からだった。“YouTuber”という響きと、双葉さん雰囲気のギャップに「最初は友人にもよく笑われた」という。しかし投稿を初めて一年足らずでチャンネル登録者は5万人超え。「Vlog」と呼ばれる、暮らしを日記のように撮り溜める数ある動画の中でも上位のフォロワー数だ。

 

何より、双葉さんの動画はその“画”の美しさに定評がある。

「動画自体が私にとっては作品のようなものなので、美しいものであってほしい」

何も作品とは、器や絵画のような形あるモノであるとは限らない。いかに暮らすか、生活そのものもひとつの表現であり、その中で私たちは美しさを生み出すことができるということを、双葉さんの動画は教えてくれる。

「家事がひと段落した夜などに、ぼんやりと動画を眺めてくださっている方が多いようです」。

癒される、というコメントが多いのも頷ける。ふつふつとお米の炊ける音や、手際よく進む掃除。ただ淡々と流れる家事風景には、まるで川の流れや木漏れ日を眺めているような心地よさがある。

  • 掃除のルーティーンも清々しい。籐の寝具は双葉さんの実家から譲り受けたもの。(Photo:Futaba)

しかし意外にも「家事も料理も、ずっと苦手意識がある」と双葉さん。

「家事って半永久的に続くものなので、どうやったら克服できるか、試行錯誤した時期があったんです。時短や節約の本を買い込んだりもしました。でも、全然頭に入ってこなくて(笑)。結果、私には禅の思想を日常生活に落とし込む方法があっていたようで。

モノには“命がある”と思って接するようにしています。命あるものだと思うと丁寧に扱いますし、綺麗にするので部屋も自然と片付いていくんですよね。もちろん、自分が好きなものじゃないとそういった気持ちも湧いてこない。だからこそ数ではなく、本当に気に入ったものだけを手元に置くということが大切になってくるんです」

  • 一度モノをじっと眺めて、ひとつひとつと向き合ってみるのだそう。(Photo:Futaba)

  • 欠けた器も、金継ぎをしたりメンテナンスを施して大切に使っている。(Photo:Futaba)

「数年前に永平寺にうかがった影響もあると思います。そこでは食事づくりは位の高い典座の仕事なんですね。料理も掃除も、それ自体が自身と向き合うためのもの。だから手間は省くものじゃなくて、惜しまず、心を込めるのだなぁと」

  • オブジェのような存在感を放つ岩井窯・山本教行さんの土鍋。(Photo:Futaba)

  • 骨董や作家の器がさりげなく馴染む、自宅での朝食風景。(Photo:Futaba)

日常の中でこそ、互いの選択を喜ぶ。

 

かつてお店でこんなやりとりがあった、と双葉さんが思い出したように話してくれた。

「ご夫婦でいらして、奥様が『この器、素敵』と喜んでいらっしゃる。けれどご主人が『そんなものいらない』っておっしゃるんですね。もちろん、生活の優先順位は人それぞれですし、別にモノを買わなくたっていいんです。けれど、奥さんがこんなに喜んでいるのだから、その喜びを頭から否定してしまうのは寂しいなぁって」

 

とてもよくある夫婦のやりとり、と言ってしまえばそれまでだ。『そんなものいらない』の中には「そんなもの≒無駄なもの」というニュアンスが含まれているのは想像できる。

 

「夫が吟味した上で何か買ってくると、まるで自分のことのように嬉しくなるんです。家の中にまたひとつ気に入りが増えたと」と双葉さんは笑う。暮らしの中で、自分の「喜び」を大切にできている人は、他人の「喜び」にもきっと共感できる。

心の煌めきをおざなりにしてまで、私たちが手に入れようとしているものって一体全体なんだっけ、そんなことを温かなお茶をいただきながら考えた。

 

PROFILE

双葉(Futaba)

富山県出身。金沢市の高校に通う。大学在学中にフードコーディネーターに興味を持ち、東京にある養成学校に通う。2010年、26歳のときに北陸に戻り、金沢市で器と骨董の店を開店。2018年閉店。その後YouTubeにて日々の暮らしを発信している。掲載書籍『自分の機嫌は「家事」でとる』(主婦の友社)。

Instagram:@lesmoules__

YouTube:www.youtube.com/channel/UC99nBu99beGAqaHAcly-WTA

柳田 和佳奈(ライター/有限会社E.N.N.)

1988年富山県黒部市生まれ。富山大学芸術文化学部 文化マネジメントコース卒業。金沢で地元情報誌の編集者を経て、現在は有限会社E.N.N./金沢R不動産でローカルメディア「reallocal金沢」の運営などをしている。