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2021.08.06

あふれるアートに触れて、心が動く、身体が漲る

神通川のほとりに佇むラグジュアリーホテル「リバーリトリート雅樂倶」。館内には現代アートから工芸まで幅広い作品が展示され、食や天然温泉などと一緒に、五感でアートを体感することができます。展示作家には、2021年にGO FOR KOGEIが催す特別展と重なるところも多数。学芸員ほかスタッフの皆様に、アートに満ち満ちた空間をご案内いただきました。

泊まれる美術館

 

わたしたちが「癒される」のはどんなときだろう。ゆったり過ごす。清々しい空気を吸う。よく眠る。そういうことはもちろん大事なのだけど、細胞が活性化して身体の内側からエネルギーが漲るように感じる、つまり元気になれるのは、心が大きく動くとき、感動してワクワクするときではないだろうか。

 

リバーリトリート雅樂倶は富山の市街地から神通川沿いに南下した、春日温泉峡と呼ばれる場所にある。建物の中に入り暗いエントランスを抜けると、パンっとひらける川の景色。時には幻想的な霧がたちこめる水の流れ、ひたひたと満ちる生の気配。そこにさらに精彩を加えるのが、館内の随所に配置されたアート作品だ。

 

その総数はなんと約300点。作品には展示されているものもあれば、壁やしつらえとして空間の一部になっているものもある。客室に飾られた、その部屋に泊まる人だけが鑑賞できるものもある。

 

リトリートをうたう雅樂倶とは、実は「泊まれる美術館」なのだ。

  • Room301 高野槇風呂 『童』 伊藤慶二

  • Room 301 和室 『ワインボトルとグラス』内田鋼一

  • Room112リビング

  • Room114ベッドルーム 中庭作品『尖樹の森』加藤委

この日、カフェではポップな現代アートが展示されていた。展示を担当するのは、関連施設である樂翠亭美術館の学芸員、吉田理恵さん。

  • 写真左から、大下祥吾さん(主任)、義本真也さん(支配人)、吉田理恵さん(学芸員)、宮津由衣さん

「コロナ禍で張り詰めている今だからこそ、雅樂倶でリフレッシュしてもらえたらと思っています。今回は特にそれを意識した、明るくてポップなものを選びました」

 

座った視線の先に、ロダン作品をチョコレートでかたどった作品や、ウォーホルのポップアートが在る。食べる、飲む、他の感覚を同時に使うことで、ただ視ることとは違う何かに気づくかもしれない。これは普通の美術館ではできない鑑賞体験だ。

 

「風景との関係性であったり、くつろいだ状態でのアート体験を楽しんでほしい。学芸員としても、いわゆる展示室とは違う展示を考えられるのは、すごくやりがいがあります」

  • 『I’m thinking』 渡辺おさむ

  • 『Mini Serena (Swarovski)』 キャロル・ファーマン

  • 『Marilyn』アンディー・ウォーホル

  • 『Untitled』アルフォンス・ミュシャ

一方、地下の多目的ホール「朱砂」では「黒田泰蔵の白磁-静寂と美」が催されていた。黒田泰蔵の白磁作品11点に加えて、壁には李禹煥、青木野枝、名和晃平といった作家の平面作品が並ぶ。

 

装飾性を削ぎ落とした緊張感ある白磁のフォルムには、絵画作品に遜色ない強度がある。工芸とアートの境界を感じさせない、はじめから境界などなかったと自然に思わせてくれる展示だ。

 

ポップアート、現代アートから、工芸まで。幅の広さに驚くけれど、展示品はすべて雅樂倶を運営する法人の収蔵品だという。

 

「オーナーには良いと思ったもののカテゴリにとらわれない懐の深さを感じます。」

 

現在の展示は朱砂が8月、カフェが10月まで。以降は朱砂では草間彌生、ジェフ・クーンズ、李禹煥といった現代アート、カフェではガラス造形作家の高橋禎彦、扇田克也などの作品展示が始まる。会期はいずれも約4ヶ月で入れ替えになるという。

  • 黒田泰蔵の白磁ー静寂と美

  • 『白磁水指』『茶碗』黒田泰蔵 『茶入 銅象嵌』張慶南

  • 『青白磁 面取花入』加藤委

驚きと感動を共有したい

 

雅樂倶では、食事もひとつのアート体験としてとらえられている。たとえば『和彩膳所 樂味』で供される器は、中村卓夫と加藤委を中心に、内田鋼一、鯉江良二、森康一朗、佐野猛・陽子、小川待子と、様々な作家の器を季節に合わせて使用している。

 

工芸的手法を用いながらも、もの自体が空間の質を変容させるような、作品としての制作が主な作家のものも、積極的に使っている。

 

「普段使わないものを使うことで、驚いて愉しんでほしいと思っています。器もサービスも景観も、日常とは違う、雅樂倶に来たからこそ味わえるものを提供したいんです」そう話すのは支配人の義本真也さん。

 

料理と引き立てあう器の表情。手で触った質感や、重み。ここでは食事も五感を使った鑑賞体験であり、一皿一皿が生きた作品なのだ。

  • 『唐墨と巻海老のキャビア添え』 器:中村卓夫

  • 『太刀魚の炙り』 器:中村卓夫

  • 『御造り3種 烏賊 鮪 鱧』 器:中村卓夫

館内のいたるところに展示品があり、それも近寄りがたい澄ました表情ではなく、手招きするような親密さを感じさせてくれる。まるで大人のための、アートのおもちゃ箱のような場所だ。

 

ある種の過剰さともいえる豊富さで、満ちて溢れるアート。エネルギーに感化されて、ワクワクして、元気が湧いてくる。

 

リトリートをうたうホテルがなぜアートなのか、実感を持ってわかる。

 

「ある意味で、素人だったからできたことだと思います。旅館業のプロでも、美術商のプロでもなかったところから、事業として宿をやることになった。そこで先入観なく組み立てたものに、他にない個性が生まれているのかもしれません」

 

そう話すのは、オーナーのお嬢様であり運営に携わる宮津由衣さん。

 

「ほんとうに美術が好きな人なんですが、ただ所有したいわけじゃなくて。こういうものをつくる人がいる、こういう作品がある、それを観てもらうことで、人と感動を共有したいんですね」

  • 3階本館の茶室 床:『面・線・点』伊藤慶二 『白の深度』神代良明  花入:『無題』桑田卓郎  風炉先屏風『阿散起遊め見志』篠田桃紅

  • 水指 『銀彩彩色鉢』ガラス蓋 西川慎  茶碗『梅華皮志野垸』 茶入『蓋物』  桑田卓郎

  • 茶室は立礼席もある。

定期的に展示が入れ替わるカフェと「朱砂」は、宿泊客以外でも入場可能となる予定。露天風呂のある天然温泉もカフェまたはレストラン利用であれば日帰りで利用できる。

 

周辺には植物園や富山ガラス工房シニアアドバイザーの造形作家・野田雄一などの作品が展示された公園もあり、緑のなかでの散策も楽しめる。

 

ただ癒されるのではなく、心が動くことで快復する時間。ぜひ雅樂倶ならではのリトリートを体感してみてほしい。

 

 

リバーリトリート雅樂倶
住所/富山県富山市春日56-2
電話/076-467-5550
営業時間(カフェ)10:00~16:00
(朱砂)10:00~16:00
(日帰り入浴)11:00~15:00
URL/ https://www.garaku.co.jp/

 

Photo by Nik van der Giesen

籔谷 智恵(ライター)

神奈川県藤沢市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。「人の手が持つ力」を知りたいと重要無形文化財「結城紬」の産地に飛び込み、ブランディングや店舗「結城 澤屋」立ち上げなど活性化に奔走する。結婚後は札幌で1年間暮らし、富山へ移住3年目。現在は今後の住まいとする県西部の田んぼの中の民家をリノベ中。今一番興味があるのは人類学。http://chieyabutani.com/