工芸の新たな楽しみ方を提案するWEB MAGAZINE。
作り手やアーティスト、北陸で暮らす人たち。
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陶芸を初めて4年。九谷焼産地・石川県にやってきて2年。若手九谷焼作家として今注目を浴びる一人、早助(はやすけ)千晴さん。緻密な細描が実現する、神秘的かつどこか異国情緒漂う彼女の作品からは、新たな九谷の風を感じます。「これからは自分の人生を生きたい」と、伝統工芸とは無縁の世界から飛び込んできた早助さんに尋ねる、作品のこと・ご自身のこと。
欠けては満ちる月、展開しゆく幾何学模様、めくるめく細描の世界−−−。
早助千晴さんの作品には、どこか“物語”の気配がある。それは時に祈りにも似た神聖さを宿しているようで、観る者の心を“しん”と静かにさせる。
「観た方が、私よりも深く作品を読んでくださっているというか。その方の中で“物語”を立ち上げてくださっているんですよね。私自身はまだまだ未熟ですが、そういった“余地”のある作品をつくっていけたら素敵だなと思っています」と早助さん。
この日は早助さんの作品の魅力に迫るため、能美市にある自宅兼工房を訪ねた。片付いた白い部屋のところどころに植物が飾られ、作業机の横には小さな電気窯がちょこんとひとつ置いてある。「工房」のイメージを覆す、5畳ほどの小さなこの作業部屋から、日夜彼女の“物語”が紡がれている。
円を中心として展開しゆく、細密で幾何学的な彼女の作風は、時に“イスラム風”と表現されることもある。
「確かに中東は、私にとって“見果てぬ桃源郷”のイメージそのものであり、いつか辿り着きたい憧れの風景です。しかし、自分の作品をつくるときには、イスラム文様をコピーしたり、具体的な何かをイメージするということはありません。それは『文明搾取』に繋がる行為だと思うからです。植民地時代に欧米人が原住民の文化を持ち出して利益をあげるも、原住民には何も還元されなかった。そういった“搾取の歴史”に繋がることは、絶対にしたくないんです」
様々な業種からの転向者も多い九谷焼作家の世界。それぞれに個性的な経歴を持つ中で、早助さんも特異な一人だ。その歩みは自分自身への、そして自分をとりまく世界を見つめる目線の“几帳面さ”の投影ともいえるかもしれない。
出身は兵庫県西宮市。同志社大学神学部を卒業している。もともとは数学が好きで、高校でも理系だった早助さんだが、大学受験での失敗を機に改めて自分に今必要なものを考えた。当時はテロが頻発していた時期だったこと、そしてミッション系の女子校時代に感じた女性にかけられる“バイアス”の理不尽さ。様々な違和感の正体を知るためにも「宗教理解はかかせない」と神学部を選んだ。
様々な宗教観や言語を学ぶことは新鮮だった。「とはいえ、受験に失敗した挫折感と喪失感に苛まれながらキャンパスライフを送っていたので、“何か打ち込めるもの”を常に探していた節はありました」。そんな折にアルバイト先として通っていたホテルのレストランで、「ワイン」の世界と出会う。
「なぜ昔から数学が好きだったかというと、数学は考えたらわかる分野。対して、英語や歴史は暗記しないといけないですよね。でも当時から『好きなことをするのは“逃げ”だ』という意識が自分の中にずっとあって。ワインの勉強も暗記分野なので、『そっちをやらなくてはいけない』という焦燥感が当初の動機ではありました」。
しかし勉強するほどにワインにのめり込む早助さん。「聖書の中でもワインは様々な奇跡と結び付けられています。単なる嗜好品ではなく、歴史と土地と文化と、深く関わり合っているところも魅力的でした」。
大学卒業後はワインのインポーターに就職。新店の立ち上げスタッフに抜擢されたりと、朝は7時に出社し終電で帰宅して家では残務をこなす。そんな毎日の繰り返しも3年目を迎えたある時、ふと「自分の人生に裁量権をもちたい」と思うようになった。
その時心に浮かんだのは「絵」のことだった。「昔から絵は見るのも描くのも好きで。実は大学受験のときに、美大も視野に入れてデッサンの予備校にも通っていたほど。けれど、当時は“好きなもの選んではいけない”という意識があって諦めたんですが、『自分の人生を自分のために生きたい』と決めた時、絵で食べていけたら幸せだなと」。
早助さんは冷静に考えた。美大も出ていない、抜き出たセンスがあるわけでもない。ただ手先が器用で真面目さが取り柄の自分が生きる“絵の道”はないか。そのときに可能性を感じたのが“伝統工芸”だった。「世の中のAI化が進んでいくのならば、より人の手による手仕事に付加価値が出てくるのでは、という予感もありました」。
数ある工芸のジャンルの中でも、早助さんが選んだのは陶磁器。器の重要性は、ワインの仕事を通して彼女自身体感していたことでもあった。「ワインがある場には必ず食事があって、その器が美しいものだと空間が演出され、ワインがより一層美味しく感じられる。そんな器の力に興味を持ちました」。
「京都伝統工芸大学校」の工芸科で、ろくろなどの基本的な陶芸技術を学びながらも、やりたいのはやはり「絵付け」だった。そんな折、在学中のアルバイト先であった「清水三年坂美術館」で「京薩摩(※1)」に出会う。細密な色絵磁器のめくるめく世界観にすっかり魅了されていた早助さんに、当時の美術館館長が九谷焼作家・福島武山さん(※2 )を紹介してくれた。
(※1)京薩摩…明治・大正期を中心に京都で制作された、薩摩金襴手様式の陶器。精緻な金彩色絵が特徴。
(※2)福島武山さん…九谷焼における赤絵細描画の第一人者。
「そこで初めて『九谷焼』という存在を知りました。とても細かい絵付けがなされていることに驚いたと同時に、九谷焼では絵付師が“作家”として活躍されていることも私にとって魅力的で。陶芸を志した当初は、『手を動かせる仕事ができたらそれだけで幸せ』と思っていたのですが段々と欲が出てきて(笑)、『自分の世界観を表現したい』と思うようになっていました。薩摩焼も京薩摩も、どちらかというと絵付けは窯元で働く職人仕事なので、“作家”になるなら九谷かなと」。
そして金沢にある九谷焼の窯元への就職を期に、2018年に石川県にやってきた早助さん。様々なご縁の中で、現在は能美市在住の九谷焼作家・中村陶志人さんに師事しながら、自身の制作活動に励んでいる。「ここに来て一番驚いたのは、九谷焼をとりまく人々の寛容さ。若い人の挑戦を心から応援してくださっているのを感じます。例えば、普通は個展をするにも、先生のおうかがいを立てなくてはなりませんがここでは比較的自由で。私は個人でブランドを立ち上げたのですが、そういった新参者の試みも、温かく見守ってくださるんです」。
早助さんのオリジナルブランド「harutonari」は、ワインオープナーなど、九谷焼でつくるワイングッズ専門だ。
「今までやってきたワインと絡めて、自分自身も楽しみながらできたらなと。作家の仕事だけで食べていくのはまだまだ難しく、アルバイトで補っておられる若手の方も多いです。けれど私は、前職を辞めるとき『これからは自分のやりたいことをやる』と決めてこの道に来たので。そうはいっても、作家的な思考とビジネス的な思考は全く違うので、両立はなかなか大変ではありますが」と早助さんは笑う。
年末の12月12日からは、金沢のギャラリー「縁煌(えにしら)」で、自身初となる個展が開催される。店主は彼女が無名時代にInstagramにあげていた作品を見出して、声をかけてくれた人だった。
「細描の絵付けは、少しずつ、けれど確実に積み上がっていく感じが性に合っている」と早助さん。九谷の地に来て2年、“自分”を座標軸の中心に据え、回り出した早助さんの世界は、これからどんな展開を見せてくれるのだろうか。
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▼「早助 千晴 展」
会期:2020/12/12(土)-20(日) ※会期中無休
会場:縁煌(石川県金沢市東山1-13-10 )
営業時間:10:00~17:00
作家在廊予定日:12/12, 13, 19, 20
https://www.enishira.co.jp/exhibition/chiharu-hayasuke2020/
PROFILE
早助 千晴(はやすけ ちはる)/兵庫県西宮市生まれ。同志社大学 神学部神学科卒業。ワインのインポーターに就職した後、伝統工芸に興味を持ち、京都伝統工芸大学校陶芸科に入学。卒業後2018年より九谷焼作家・中村陶志人氏のアシスタントとして働く傍、自身の制作活動に励んでいる。(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
柳田 和佳奈(ライター/有限会社E.N.N.)
1988年富山県黒部市生まれ。富山大学芸術文化学部 文化マネジメントコース卒業。金沢で地元情報誌の編集者を経て、現在は有限会社E.N.N./金沢R不動産でローカルメディア「reallocal金沢」の運営などをしている。