MAGAZINE
2020.09.15
ものを見立て、その取り合わせで遊ぶ。金沢市在住の仕覆(しふく)作家・多田けい子さんの感性は茶箱という小さな世界から、住空間の隅々にまで行き渡る。主婦だった多田さんが独学で茶箱を組み始めた経緯や、“モノあそび”が人の心にもたらす作用などを、ご自宅におじゃましてうかがってきました。
「ここに自分の好きなものが全て詰まっている」。7年前、書店で『茶箱あそび(※)』という一冊の本を偶然手に取ったとき、多田さんは即座に直感した。
衝動に駆られるままに茶箱を組み始め、一年で十以上の茶箱を仕上げた。「こんなに楽しいなら、個展でもやってみようか」と力みなく発表した作品が思わぬ反響を呼び、気がつけば“茶箱・仕覆作家”と呼ばれるようになっていた。
(※)『茶箱遊び−匣 筥 匳』堀内明美(淡交社)
外国のコーヒー缶に収まる茶箱、ピクニック籠のような茶箱――。多田さんの個展を見た人の多くは「ときめいた」「楽しい」といった率直な感想を口にする。「茶」という約束事が多い世界にあって、まるで絵本のページをめくるような純粋な喜びが多田さんの茶箱には息づいている。
テーブルに白いブリキ缶が運ばれてきた。なんとこれも“茶箱”。「この箱は雑貨屋さんで2,000円くらいだったかな。『夏の灯台』をテーマにして組んだときのもの。『ギャルリ・ノワイヨ』で見つけた、ガラス作家・新田佳子さんの器からインスピレーションが湧いて」。
よく見ると、茶筅筒が海辺のトタンのように錆びついていたりと随所に遊び心も。「こんな小さな箱に全ての茶道具がきっちり収まっていて、開けばその“世界”が広がる。そんなところも茶箱の魅力ですね」。
「私は自分のために好き勝手に仕覆を作っているのであって、プロじゃない」と強調する多田さんが度々個展を開いてきたのには「モノを介して共感し合う喜び」があるからだという。
「パッと見たところ、自分とは絶対趣味が合わないだろうなって人もいるじゃないですか。でも案外そういう人が作品に深く感じ入ってくれたりして。“同じようなイメージが、あなたの心の中にもあるのね!わかるんだ、伝わるんだ!”という瞬間が嬉しくて」。
本人すら言語化できない意識の深部を、モノはひとつの具象として取り出して見せてくれる。モノを介するコミュニケーションは、ときとして言葉よりも通じ合えるものがある。
耳慣れない人も多いかもしれないが、「仕覆」とは茶道具を入れる袋のこと。茶碗や茶入れの形がそれぞれ異なるように、仕覆も道具に合わせて一点ずつ型をとって作るいわばオーダーメイドだ。茶の湯においては決まり事も多い重要なアイテムだが、野点など出先で茶を楽しむための茶箱においては比較的自由。「何百年も伝わる道具を包む仕覆に相応の格が求められるのは当然のこと。だからと言って、こういった“遊び”があったらダメかというと、それはまた違うと思う」と多田さん。
「ルールがあるからこそ、そこから外れる面白みがわかる。何も知らないのはつまらないでしょ。そういう意味では茶の湯は日本文化を知る近道なんだと思います」
「茶箱遊びは大人がおままごとと着せ替えあそびをしているようなもの」と多田さんは笑うが、一つ茶箱を組むには、膨大な時間とエネルギーを要する。多田さんの場合、一つの道具からイメージが浮かぶと、それに合わせた茶道具を見立てる。それらが茶箱にきっちり収まるように組み上がったら、次に道具にあわせた仕覆を一点ずつ作る。
一点の仕覆をつくるにも、何百とある中から布を選び、そしてまたそこに合う緒を考える。イメージに合う既製品が見つかることは稀なので、絹糸から自分で緒を組み上げることが多いという。教えてくれる人もおらず、本やネットを参考に、多田さんはそれらを独学で身につけた。
「単体としての仕覆のバランスはよくても、それらが並んでひとつとなるときに調和がとれていないといけない。ああ、ちょっとここに赤が欲しいな、と赤を一つ選ぶにしても素材感で印象が全く変わってしまうので本当に難しいんです」。
つまり茶箱づくりとは、無限の選択肢の中で調和する一点を求める果てしない調整作業でもある。そこで満足するような姿が現れると、まるで自分との答え合わせをするかのように「やっぱり!」という喜びが湧き上がってくるのだという。
茶箱に限らず、住まいの随所でも多田さんの“見立て”は光っている。古い薬研に、白い花が一輪生けてある。「昔の物が好きなので、物置から色々引っ張り出しては飾っているんです」。多田さんのご主人は、かつて加賀藩主・前田家に菜種油を納めていた油屋の17代目。藩政時代からの名残の品が代々受け継がれているという。「新しいものだけの空間はツルッとしていて面白くない。そこにちょっとこういう古いものが混ざると丁度良いんですよね」。
「ものを選ぶ上で、古いとか新しいとか、洋風だとか和風だとかは一切関係なくて。自分が好きか嫌いか、本当にそれだけです。もちろん値段は気にしますよ。だって自分の身の丈に合わないものを集めたってどうしょうもないですから」。
さらには、“ピンとくれば、用途もさして重要ではない”という。茶入れにしようと思ってもいなかった小物入れが、茶道具として見立てられ、まるで運命付けられたように茶箱に収まるようなことがままあるという。
誰もが羨む“センス良い暮らし”を送る多田さん。しかし「こんなことをしていて、何になるんだろうって、ずっと悩んでいた」と意外な言葉がもれた。
両親の介護や子育てでの葛藤−−。その頃は様々なことが重なり「先の見えないトンネルの中を歩いているような」時期でもあった。「人から見たら私って好きなことだけやってるように見えるらしいですけど、全然そんなことなくて。だって、生活するって綺麗事じゃないでしょう」。
けれど、追い立てられるような日々の中で、6年間で組み上げられた50近い茶箱こそが、いかに多田さんがその時間と行為を必要としていたかを、物語っている。
「そこに生けてある一輪の花だってそう。『何の役に立つのか』って言われても、何にもならない。けれど、今この時しかない花の美しさは心に迫るものがある。きっと人間にはお金や効率だけじゃ満たされない部分があって、それを満たそうと、人は色々なことをしてしまうんじゃないでしょうか」
「年々お客さんを招くのも億劫になってきちゃって」と軽やかな笑顔を見せる多田さん。誰に見せるでもない、自分の内的世界を満たし、そして取り戻すために。今日も花を生け、そして見立てを遊ぶ。
PROFILE
多田けい子
石川県鳳珠郡穴水町出身。早稲田大学文学部卒。加賀藩に菜種油などを下ろしていた油屋の17代目となるご主人との結婚を期に金沢市へ。主婦として三人の子育てをしながら、2011年から独学で茶箱・仕覆をつくり始め、これまでに3回個展を開催。その見立てのセンスが評判を呼び、食や工芸にまつわるイベントではコーディネーターを務める。
Instagram:@tea_keiko
柳田 和佳奈(ライター/有限会社E.N.N.)
1988年富山県黒部市生まれ。富山大学芸術文化学部 文化マネジメントコース卒業。金沢で地元情報誌の編集者を経て、現在は有限会社E.N.N./金沢R不動産でローカルメディア「reallocal金沢」の運営などをしている。