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2020.10.31
“町なかに広がる工芸の世界”をコンセプトに「金沢21世紀工芸祭」※の主要イベントとして開催されている「工芸回廊」。2020年は「国立工芸館」が開館し「金沢21世紀美術館」に隣接する広坂周辺が会場になりました。【後編】では、10月23日〜25日に開催の「工芸回廊 in 歴史博物館」に合わせて行われた「金沢クリツー」の「工芸さんぽ」に参加して、広坂エリアで開催された「工芸回廊 in 広坂」をレポートします。
※金沢21世紀工芸祭:石川県・金沢市を舞台に開催される、工芸の魅力を発見・発信する大型フェスティバル。工芸回廊、趣膳食彩、金沢みらい工芸部、金沢みらい茶会、アートスペースリンクなどのコンテンツを展開しています。
「工芸回廊 in 県立博物館」の展覧会をたっぷり鑑賞したら、今度は「工芸さんぽ」へ出発です。「NPO法人 金沢クリエイティブツーリズム機構(通称:金沢クリツー)」と、「金沢21世紀工芸祭」が毎年コラボレーションして開催している「工芸回廊」を満喫できるガイド付きツアーです。しかも、無料ボランティアガイドをつとめるのが、美術・建築・観光・まちづくり等の専門家、大学の先生という、何とも贅沢すぎる内容。
ツアーは「国立工芸館」の前を通り、「石川県立美術館」との間を流れる「辰巳用水」にそって美術館の裏にある「美術の小径」「歴史の小径」へ。加賀藩の筆頭家老・本多家の上屋敷と中屋敷をつなぐ高低差10mの坂道が整備された、緑と水が豊かな遊歩道です。
「この辰巳用水は兼六園、金沢城にも引き込まれています。地中に石菅を埋め込んだ暗渠になっていて、2層構造の下の管は城のお殿様用で・・・」などの専門的な解説を聞けたり、地元でも知る人ぞ知るルートで散策できるのも「金沢クリツー」ならでは。
小径を下って行くと、酒造家で茶人でもあった中村栄俊氏の収集品を展示する「金沢市立中村記念美術館」と移築された「旧中村邸」。「方法の発露 2020 −方法の無意識−」という企画展が「旧中村邸」で開催され、建物の前にある鍛金造形家・橋本真之の巨大なオブジェが目に飛び込んできました。ここは「工芸回廊」の企画ではありませんが、工芸好きなツアー参加者が立ち寄らないわけがありません。
邸内に入ると座敷一面を埋め尽くす金属片。橋本真之の作品「運動膜と切片群」で、作品づくりの際に出る金属の切れ端の集積を展示したもの。これを作者は「無意識の海辺に打ち上げられた私自身の無数の貝殻のようだ」と語っています。窓の外に広がる有機的な庭園の借景と、無機質で無意識から生まれた作品のコントラストも面白い。
紅殻色に染まる2階の広間には、荻野僚介(絵画)、黒川弘毅(ブロンズ)、小守郁(染色)の作品が。そして、隣の真っ暗な控え室には、奥村綱雄「夜警の刺繍」が展示されていました。
過去4回の「方法の発露」展は、ギャラリーや大学などの展示空間、いわゆるホワイトキューブで開催され、今回が初めて町家を使った展示なのだそう。町家空間での展示は、スタイルは違えど、これまで東山・主計町の茶屋街の町家を会場にしてきた「工芸回廊」を彷彿とさせるものでした。
「国立工芸館」の移転オープンと同日の10/25に「金澤水銀窟(かなざわすいぎんくつ)」というギャラリーが「金沢21世紀美術館」の茶室「松濤庵」のそばにオープンしました。プレオープンの10/24から「工芸回廊」にタイアップ参加していたので、このツアーで初めて足を踏み入れることに。
「金澤水銀窟」は、「美術工藝 たなか」(石川県能美市)、「Gallery小暮」(東京都千代田区)、金沢にルーツを持つ「レントゲン藝術研究所準備室」(東京都調布市)の3社による「工藝」をキーワードにした新しい展示・販売拠点です。
訪問時には「美術工藝 たなか」の久田健仁さんと、岡山から作品を届けに来られていた備前焼作家の森大雅さん、藤田祥さんがいらっしゃいました。「国立工芸館」の移転がきっかけになり、こうしたギャラリーが増えたり、石川県の作家はもちろん、県外や海外の工芸・アートの作品や作家などと出会える機会も増えそうです。このときは駆け足での鑑賞だったので、今度はゆっくりと訪問することを約束してギャラリーを後にしました。
広坂から香林坊にかけては、もともと骨董店やギャラリー、工芸を扱うお店がいくつも軒を連ねています。今回の「工芸回廊」では、そうしたお店を中心に、北欧ヴィンテージ家具のお店や調剤薬局なども加わって企画展示とタイアップ展示が行われました。
金沢の希少伝統工芸品を展示・販売する「金沢・クラフト広坂」のウインドーでも、多数の若手作家を育成・輩出している「金沢卯辰山工芸工房」のディレクションで8作家の作品を展示。普段よりもビビッドで現代アート的な作品が並んでいたのが印象的でした。
これまでの「工芸回廊」では茶屋や町家の空間に、1名あるいは複数の作家がいくつも作品を展示して、作家も在廊しながら販売していました。今回は展覧会と商店街のお店のショーウインドーで展示することで、コロナ禍で密を避けなくてはいけない状況でも、作品と出会える場、作品を発表できる場をつくりたいと、運営がわで工夫されたのでしょう。
金沢21世紀工芸祭の実行委員会にお話をうかがうと「当初はオンラインビューイングのみを考えていましたが、多くのギャラリーや作家の展覧会がシャットダウンしている中、リアルで美術作品・工芸作品を見る触れる大切さを痛感しました。夏の開館が延期になっていた国立工芸館のオープンが10/25と発表になったことが後押しとなり、リアルでの開催を決断。従来型の町家を借りた対面の展示販売会は断念しましたが、状況を逆手にとって“街がギャラリー(回廊)、工芸を金沢の風景の中で楽しむ”という毎年のテーマを実現できた」と、企画を担当した本山陽子さん。
商店街の展示のなかでも、特にユニークだったのが老舗漆器店の「能作(のさく)」のウインドー。今回の「工芸回廊」のために特別に制作された「オカモチ茶箱」「IKI茶箱」が展示されていました。
「金沢21世紀工芸祭」では、斬新なアイデアと趣向をこらした「金沢みらい茶会」も毎年の人気企画でしたが、今年は屋内での飲食を必須とする茶会が困難なため、トラディショナルとコンテンポラリーをテーマにした2種類の茶箱が制作されたのです。
「オカモチ茶箱」は、 中華料理屋の配達などに用いられる 「岡持ち」 をヒントに、尾張町にあるギャラリー「As baku B」と作家有志が制作したもの。工芸の可能性や道具としての魅力のみならず、お茶の楽しみそのものを探り、新たなお茶の価値観を提案したい。ニューノーマルな社会に対応した新様式の茶会のためにつくられ、屋外・屋内や茶室の有無を問わず、持ち運んで茶会を開催できる作品になっています。
もう一つは「金沢青年会議所」の「IKIプロジェクト」と「金沢21世紀工芸祭」のコラボレーションで制作された「IKI茶箱」。コンセプトは「金沢の若い世代が仕事や日常で使う茶箱」で、「六瓢(無病息災)」がテーマ。瓢箪をモチーフとして用い、6人の作家がそれぞれの技法で無二の茶箱に仕上げています。
どちらの茶箱も、実際に野点や茶会で使ってみたい、ワクワクする作品でした。イメージムービーが制作されているので、これを観ながらオンライン茶会に参加した気分を味わうのもおすすめです。
例年の「工芸回廊」は、作家やギャラリーとの対話の中で工芸と出会い、購入して生活に取り入れる楽しを知ることをテーマにしてきましたが、今年はコロナ禍の状況下でもリアルに工芸と出会い、金沢の街を再発見する機会を創出していました。まさに「オンラインもいいけど、リアルでこそ出会いたい工芸」を実感できた2020年の「工芸回廊」でした。
【 金沢21世紀工芸祭 2020 -工芸回廊- 】
■工芸回廊 in 歴史博物館 >> REPORT 前編
【期間】10月23日(金)〜25日(日) 【会場】石川県立博物館
伝統工芸から現代アートとしての工芸まで、多彩な作家21名による展覧会。入場無料、作品購入可。
■工芸回廊 in 広坂 / タイアップ >> REPORT 後編
【期間】10月10日(木)〜11月3日(祝・火) 【会場】広坂商店街
広坂エリアで歩道を散歩しながらウインドー越しに工芸巡りが楽しめる展示。入場無料、作品購入可。
坂下有紀(つきといと/コミュニケーションディレクター)
富山県氷見市出身。石川県金沢市を拠点に活動する編集者・ライター・プランナー。タウン誌の編集者、ワイナリーや酒蔵勤務を経てフリーランスに。金沢暮らしは2008年から。学芸員・利酒師の資格も持つ、旅と歴史とお酒好き。陶芸・吹きガラス・漆芸・木工・金工・和紙と、興味のある工芸は自分でも挑戦してみるタイプ(そこそこ器用です)。