工芸の新たな楽しみ方を提案するWEB MAGAZINE。
作り手やアーティスト、北陸で暮らす人たち。
様々な角度から工芸の魅力をお届けします。
「ロングライフデザイン」をテーマに掲げるストアスタイルの活動体「D&DEPARTMENT PROJECT」。ディレクターのナガオカケンメイさんは、世田谷区奥沢の本店オープンから20年を経た今、これからの在り方を模索しているといいます。デザイン部門を独立させ店舗としても準備中の東神田の事務所にて、工芸に感じる可能性と、今後の展望についてお話をうかがいました。
「D&DEPARTMENTはもう終わってるんですよ」ナガオカさんの口から出た言葉に驚いた。どう「終わって」いて、この先どうなっていくのか?
インタビューは渋谷d47 MUSEUMで開催中の「LONG LIFE DESIGN 2 祈りのデザイン展ー47都道府県の民藝的な現代デザイン」についての話題からはじまった。この展覧会の発想が生まれたのが「富山」での出会いだったという。ナガオカさんは今、富山との見えない縁、運命のようなものを感じているらしい。
——『祈りのデザイン』とは、どういう意味ですか?
d47 MUSEUMのテーマとして、”よくわからないけれど惹かれるもの”を一度集めてみたいと思っていたんです。それで、情報をはさまずに「直観」で集めて、それから調べることをしてみたら、みんな民藝的な、「適度に量産するんだけど心が美しくないと出てこない」生まれ方をしていました。
ぼくはデザイナーのはしくれとして、これからは「つくらない」デザイナーも必要だと思って、20年前にロングライフデザインをテーマにD&DEPARTMENTを立ち上げました。それがいよいよ、ものなんかいらない、つくり過ぎてゴミがいっぱいでどうすんのって時代になった。
そこで「ほんとうにつくる」ならどうすればいいのか考えた時に、祈るような気持ちっていうものの生み方があるなと。経済のためじゃなくて、人の営みやその土地がよくなっていくためのものの作り方があるんじゃないか。これからは「澄んだ祈りのような心」から「もの」が生まれるほうがいいよねという意味で、「祈りのデザイン」と名前をつけました。
——祈りのデザインという言葉には「折形」や「しめ縄」のデザインをイメージしましたが、そういうことではありませんよね。選ばれているものには味噌のような食べ物もあれば、マツダの車もあります。
そういうことではないんだけど、関係はあります。大きなきっかけになったのはマツダの車でした。マツダが最近すごく格好いいのはなんでだろうと思ってた時に、偶然広島でマツダのデザイン部門の担当の方とトークショーをすることがあって、聞いたら、『御神体』をつくってると。
ヒョウとかチーターとか早く走る動物のラインを曲線に落とし込んだ造形物をつくって、カーデザイナー達はそれをみながらセダンやSUVのデザインをするんですって。つくり手の気持ちをひとつにする造形物は御神体だってことで、生産現場に飾ってお神酒をささげるそうなんですね。そういう、受け取り方によってはちょっと引きそうな情報を、マツダって大企業が社会に開示するのも、ある種の工芸的なやり方で自動車をつくってるのも、凄いなと思って。
デザイン=海外のしゃれた現実的なものを排除したようなモダニズムへの憧れの時代から、47のローカルの工芸へ、デザインという言葉の意味が変わってきている。そのデザインは歓びとか祈りとか、根源的なものと紐づいていくはずで、それをひょいっとやってたのがマツダでした。そういうところから、ものを見てみようと。
——着想のもとには富山での出会いがあったとうかがいました。
一昨年の夏に、たまたま富山で開催された「民藝夏季学校※」に参加して、そこで「民藝」が宗教美学だとはじめて知ったんです。
それまで僕は民藝って、『用の美』というプロダクトデザイン論だと思っていました。使い勝手のいいものは美しい、道具の話だと。でもそうじゃなくて、心の話だったんです。美しいものが生まれるときの心と、美しいものを感じる心と。
民藝が宗教美学でもあると知ったのはその年一番ショックだったことですね。というか、すっごく嬉しくなりました。民藝、やるじゃんて。だって誰もがディーター・ラムスとか深澤直人さんみたいなプロダクトデザインはできません。でも瞑想したり、邪念をとったり、欲を捨てたり、心を美しくすることはできます。心のありようによって五感が変わっていくのかなと思ったら、ワクワクしますよね。
——今回の展覧会は「理由はわらかないけれど惹かれるもの」、いわゆる民藝思想において重要とされる「直観」で選ばれたとのことですが、私たちがものを選ぶ上でも「直観」は大事だと思いますか?
大事だと思います。自分たちもやっていたから大きな声でいえないけど、「顔がみえる」って言い方で生産者を紹介していた20年前は、情報を与えれば与えるほどお客さんはものを買いました。でもそれは買う瞬間に情報を評価しただけで、家に帰ったら極端な話もう忘れちゃっていて、結局ものを大切にしない。
情報で選んでいる人は情報がないと選べません。でも与えられる情報じゃなくて、自分の軸で判断基準を持つことが、生きてていちばん楽しいんですよ。自分がそのものに何を感じるか、自分の言葉で延々語れるようになったら、ほんとうに楽しいと思いますよ。
——直観を鍛えるにはどうしたらいいでしょうか。
今日現在の僕の答えは、お寺のお坊さんになる、ですね。
民藝って、ものをみるには、自分の中から邪念を捨てないといけないという、禅の僧侶の修行と近いところがあるんですね。東京にいると耳を塞いでいても色々聞こえてきますから、邪念や作為を捨てるってなかなか難しい。そこで勇気を振り絞って、メディアの質を見極めて、情報を自分で選ぶ、ということですかね。
——お坊さんになったら欲がなくなって何も欲しくない、ということになりませんか?
ある地点を超えてみえてくるものがあるんじゃないでしょうか。「こういうものがほんとうに欲しい」って。
そういう意味では、これから文化・地域振興プロデューサーの林口さんが関わる観光法人「水と匠」と一緒に、富山のお寺の中に生活を学ぶ道場※をつくろうとしていますが、お寺の中でクリエイションやデザインについて語り合うって、すごく良いと思いますね。
—— たしかに、富山の山の中を車で走っていて、「ヒップホップってめちゃくちゃ都会の音楽だな」って気づくことがありました。地方で暮らすうちに、好きかどうかとは別の、風景に馴染むかっていう判断基準が自分の中に生まれてるのを感じます。
そう、その土地に合うどんぴしゃなものがあるはずなんです。
たとえば『全国300店舗のヒット商品のリサーチの結果、売れてるものを平均値で出し続ける』ようなものづくりはダサくなります。それに対して、重要なのが工芸。その土地で長く育まれてきたクリエイションに足をついて、ものを見ることが重要なんだと思います。
いっとき一斉を風靡した「地方のブランディング」って、東京の方をむいた田舎風デザインが多かったと思うんです。でも今回山形県で選んだアカオニデザインはそうじゃないんですね。東京を向いてない。山伏の人ともよくコラボレーションしているんですけど、昔からある山の祈りだとかが無理なくクリエイションと合致していて、全国から仕事がやってきてる。それがすごいなと。
——祈りとか、お寺とか。ここ10年くらい伝統工芸とデザインが近接してきたなかで、かたちの奥にあるそれぞれの土地の精神性にも、私たちの感覚が届くようになってきたのかもしれません。富山は、柳宗悦がそこで民藝思想を深化させたといわれる善徳寺や、棟方志功が戦時中に疎開した光徳寺がある、民藝がお寺と結びついている土地です。そこでナガオカさんは民藝に「出会った」んですね。
これはもう、なんで富山だったのか、僕も教えて欲しいくらいですよ。僕はすごい運命論者で、偶然はないって人なんですが、また富山!また富山?!って、富山にすごく引き寄せられていて。今その謎を解明しようとしているところです。
——富山は製造業従事者率が日本1の工業県というところからか、デザインやものづくりへの敬意がしっかりある土地だと思います。
富山県デザインセンター※の役割はすごく大きいと思いますし、富山ADCもあるし、クラフトに関しても世界規模のデザインコンペもある。街にポスターを貼る掲示板が用意されているようなデザイン意識の高い市なんてないですよ。そういうなかでご縁があって、直営店は出さないって決めてるところ、富山には例外的に出しました。
東京は作為的な情報にまみれていて、クリエイションするときにストレスが邪魔で、ピュアなものづくりをしたいって気持ちが生まれ難い。かといって、東京にあるようなデザインがまったくゼロだとおもしろくない。印刷会社のYPPに代表されるような、世界にもひけをとらない心地よい緊張感が富山にはありますね。
後編では活動を続けてきた手応えと今の気持ち、これからナガオカさんがやりたいことについて、素直すぎるほどの言葉で率直にお話しいただきました。
PROFILE
ナガオカケンメイ
デザイン活動家。すでに世の中に生まれたロングライフデザインから、これからのデザインの在り方を探る活動のベースとして、47の都道府県にデザインの道の駅「D&DEPARTMENT」を作り、地域と対話し、「らしさ」の整理、提案、運用をおこなう。’09年より旅行文化誌『d design travel』を刊行。’12年より東京の渋谷ヒカリエ8/にて47都道府県の「らしさ」を常設展示する、日本初の地域デザインミュージアム「d47 MUSEUM」を発案、運営。’13年毎日デザイン賞受賞。’19年よりロングライフデザインのマーケットを、つくり手・売り手・使い手の垣根を越えて応援する会員誌『d LONG LIFE DESIGN』を刊行。’20年夏にはD&DEPARTMENT初の宿泊機能をもつ拠点を韓国チェジュにオープン。
籔谷 智恵(ライター)
神奈川県藤沢市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。「人の手が持つ力」を知りたいと重要無形文化財「結城紬」の産地に飛び込み、ブランディングや店舗「結城 澤屋」立ち上げなど活性化に奔走する。結婚後は札幌で1年間暮らし、富山へ移住3年目。現在は今後の住まいとする県西部の田んぼの中の民家をリノベ中。今一番興味があるのは人類学。http://chieyabutani.com/