工芸の新たな楽しみ方を提案するWEB MAGAZINE。
作り手やアーティスト、北陸で暮らす人たち。
様々な角度から工芸の魅力をお届けします。
現代美術、音楽、科学、伝統工芸、仏教…様々な領域を横断的に結びつけ、目に見えない価値を浮かび上がらせる「工芸ハッカソン」 プロデューサーの林口砂里さん。忙しいからこそ必要な時間と、富山の風土に育まれた「軸」。林口さんキュレーションによる「安川慶一の仕事展」を開催中のD&DEPARTMENT TOYAMAにて、お話をうかがってきました。
富山県西部の海にほど近い山中にある畑。耕作放棄地になりかけていた姿に心を痛め、林口さんは数年前からご両親と手を入れ始めた。わずかな仕事の合間をぬっての畑仕事。それから、野アザミ、アケビ、ジャスミン…自生する色とりどりの花を摘み、手を合わせる。
「“いただきます。こんなに美しい姿を見せてくれてありがとう。我が家にもその美しさを少し分けて下さい”と、声に出してお礼を言います。人が見たら、ぎょっとするかもしれません。笑」
いただくばかりで申し訳ないと思いながら考えるのは、人と自然の関係のこと。
「ふとしたとき、美しさに感動して涙が出ることがあります。なぜそんなことが起こるのか、昔からずっと不思議でした」
理由がわからず沸き起こるこの感情は、自然からの目に見えない働きかけによるのではないか。若い頃からアートや音楽のマネジメント・プロデュースに関わる仕事をしてきたが、根底には常に、「目に見えないものを伝えたい」想いがある。
ミュージシャンのアルバム製作や伝統工芸振興企画のプロデュース、オンラインストアのディレクション、富山の土徳を伝えるホテルや複合施設の立ち上げ。クラクラするほど目まぐるしく活動されている林口さんだが、金継ぎや茶道のお稽古に通われたり、抹茶をたてて喫む時間を大切にされたり、林口さんの日常には、慌ただしさの中では後回しにしがちな暮らし手としての実践が垣間見える。
「忙しさに拍車がかかっているからこそ、そういう時間を意識的につくっています。畑にしても金継ぎにしても、体を動かしたり別の物質とふれあったりすると、すごく集中する。その間いっさい他のことを考えず夢中になることが、かえって必要なんです」
いわく、脳がずっと働いていると蓄積されるある種のゴミが、手を動かして没頭することで、一旦リセットされる。その有効性は、脳科学的にも説明できるらしい。たしかに延々と梅のヘタをとる梅仕事や、革製品の手入れをする時間に、瞑想的効果を感じることがある。
「わたしたちの感情って、ときには理不尽なくらい、とても持て余すものだったりします。そこで心が感動することは、心の栄養になる。人はご飯だけ食べて体が動かせればいいって思いがちだけど、同じように心にも栄養をあげないと、最終的にはすごく辛くなるんじゃないでしょうか」
自然そのものはもちろん素晴らしく、人が生み出すコンセプトやテクノロジーにも良いものはあるけれど、何よりも大きな「糧」になると思うのは、自然と人が一緒になって生み出すもの。
「人は、自然を凝縮させて、その美しさを強調するものがつくれるんだと思うんです」
工芸もまた、心の栄養になるもののひとつ。お気に入りの花瓶には家の庭や山で摘んだ花を生ける。朝食には好きな作家の器を使う。そうして慌しさに折り目をつける。
「強い動機のあることしかできない」という林口さんが紹介するのは、いずれも何らかの「糧」になると感じるものだ。
林口さんはアートや伝統工芸をサイエンスやテクノロジーとも繋ぎあわせる。ルールを解き明かそうと自然に向き合う姿勢から導き出されたものは美しい。テクノロジーは暮らしを美しくするために使いたいから、その観点で結びつけたい。自分の中にひとつの軸があり、その軸からは様々なものの繋がりが見えるのだという。
ルーツにあるのは仏教。浄土真宗信仰が盛んな真宗王国とも呼ばれる富山で、子どもの頃から朝晩仏壇に手をあわせることを習慣に育った。とはいえ、「阿弥陀如来」という存在や、「浄土」という場所を信じているわけではない。ただ、私たちが生きる人と人の関係で成り立つ社会の外に、大きな存在があると体感している。
「好きなものは都会に行かなければ手に入らない」と、勇んで出て行った田舎。しかし8年前、東日本大震災をきっかけに戻ってきたとき、「すべてはここにあったのだ」と感じた。
「立山連峰の圧倒的な眺望もあれば、海もあれば、美しい散居村の広がる平野もある。厳しさもあるけれど、多様性と豊かさに満ちていて、真面目にやっていると恵みを分けていただける。ここは自然からのはたらきかけが受け取りやすい場所なんだって、一度外に出たことでわかったんです」
商店には朝獲れの魚が並び、水もお米もおいしく、風土の中で育まれた伝統工芸がある。お寺が多い街中で目にする、お花を供え手を合わせる人の姿。暮らしが海や山や歴史、大きなものと繋がっている感覚が、ここにはまだ残っている。
同時に、まさに目の前で、暮らしを美しくする手仕事が失われつつある今。「もっと活動を加速させなければ」と、焦りにも似た危機感から、最近は職人と共同のものづくりも始めている。
「今は一緒にやっていくための仲間も、とても必要としています」
さて、この日伺ったD&DEPARTMENT TOYAMAでは、林口さんがゆかりの土地を巡り展示品を探し集めた「安川慶一の仕事展(~10/25まで)」が開催されていた。
安川氏は富山民藝協会を戦後すぐに組織し、松本民芸家具の製作指導を担うなど、富山のみならず全国の民藝運動の興隆に大きく関わった。しかしその功績に比して、名前はほとんど知られていない。
「一年半くらい前に、城端別院善徳寺(富山県南砺市にある柳宗悦が『美の法門』を執筆した民藝ゆかりのお寺)の研修道場を訪れて、空間の美しさに感動したんです。その設計が安川さんでした。使われていないのが本当にもったいないので、これからナガオカケンメイさんにもご協力いただいて、その道場に展示室とライブラリ、ショップ、カフェ、宿泊機能も備えた“暮らしを学ぶ場”を展開していけたらと考えています」
昨年のこの時期にも、民藝と富山の深い繋がりについて、展示をされていた林口さん。なぜ今民藝なのか尋ねると、「方向性を変えて民藝に向かったのではなく、自分のなかにある軸と民藝との共通性に気づいたのだ」と答えてくれた。
「自然と人の共同作業によって生まれる美しさ、大きなものからのはたらきかけが宿っているものは、すべて民藝だと柳は思っていました。民藝を無名の工人がつくる器物の美と定義すると、民藝の作家は矛盾だとなる。でもそうじゃないんですね。民藝を深く調べていくと、人の精神性に結びついた思想であることがわかります」
本質に立って見渡せば、器物だけでなく、空間にも音楽にも食べもにも政治経済にも、民藝的なものはある。安川氏設計の道場では、暮らしに直結する様々な民藝をあつめ学ぶことで、狭くなってしまった民藝を見つめなおしたいという。
「人は本能的に美しいものをつくりだせるように生まれていると柳は言います。それは必ずしもつくり手だけじゃなく、使う人にも言えることのはずです。誰でも美しさを生み出せることを意識しながら、暮らしていけたらいいなと思います」
PROFILE
林口砂里 Sari Hayashiguchi
(有)エピファニーワークス代表取締役/(一社)富山県西部観光社 水と匠 プロデューサー
富山県高岡市出身。東京外国語大学中国語学科卒業。
大学時代、留学先のロンドンで現代美術に出会い、アート・プロジェクトに携わることを志す。 東京デザインセンター、P3 art and environment等での勤務を経て、2005年に(有)エピファニーワークスを立ち上げる。国立天文台とクリエイターのコラボレーション・プロジェクト『ALMA MUSIC BOX』や、僧侶、芸術家、科学者など多様な分野の講師を招く現代版寺子屋『スクール・ナーランダ』など、現代美術、音楽、デザイン、仏教、科学と幅広い分野をつなげるプロジェクトの企画/プロデュースを手掛けている。2012年より拠点を富山県高岡市に移し、伝統工芸と先端技術が出合う『工芸ハッカソン』のプロデュースなど、地域のものづくり・まちづくり振興プロジェクトにも取り組んでいる。2019年には、富山県西部地区の地域資源を活かして活性化を図る観光地域づくり法人「富山県西部観光社 水と匠」のプロデューサーに就任。
籔谷 智恵(ライター)
神奈川県藤沢市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。「人の手が持つ力」を知りたいと重要無形文化財「結城紬」の産地に飛び込み、ブランディングや店舗「結城 澤屋」立ち上げなど活性化に奔走する。結婚後は札幌で1年間暮らし、富山へ移住3年目。現在は今後の住まいとする県西部の田んぼの中の民家をリノベ中。今一番興味があるのは人類学。http://chieyabutani.com/