今だからこそ形にしたい。兄弟でかなえる新しい挑戦

2020年の霜月。ダイニングウェアで人気の「KISEN」を展開する四津川製作所は、新ブランド「空穏-KUON-」と、ゲストハウス「金ノ三寸(かねのさんずん)」という二つの新たな取組みをリリースした。ブランドプロデューサーの四津川晋さんと、その兄で代表取締役の四津川元将さん兄弟に、取組みを巡る変遷と四津川製作所のものづくり精神についてお話をうかがいました。

  • 左:四津川晋さん、右:四津川元将さん

心のインテリアブランドと、高岡銅器を体感するゲストハウス

 

「空穏-KUON-」は、おりん、花立て、お香たて、燭台といったアイテムを通じて、祈り・マインドフルネス・瞑想等の心を整える時間を提案するインテリアブランドだ。プロデューサーは、「KISEN」と同じく専務取締役の四津川晋さん。

 

晋さんがおりんを鳴らすと、頭の先から染み込むような、澄み渡った音が鳴り響いた。透明感のある音、お香の香り、蝋燭の揺らめく炎、一輪の瑞々しい花。いずれもホッと一息つくために、今の身体が求めているものだと感じる。

  • どんぐり型のおりん。琴線にふれる澄んだ音がする

「穏やかな空のようなひとときを暮らしの中に持ってほしい。そのために金属を扱う僕らだからこそできることを考えました。目に見えないものとの繋がりが希薄になっている今、「祈り」を身近に感じられるものができないか。もう一つは、心の癒しです」

 

開発が動き始めたのは、2~3年前から。「KISEN」の展開で展示会や百貨店をまわるなかで、「疲れている」人が増えている実感があった。

 

「おりんの音に涙を流される方が何人もいらしたんです。宗教的背景から1000年以上伝承されてきたものなので、そこには何らかの本質がある。先祖に手を合わせるために使ってもいいけれど、自分で疲れた時に鳴らしてもいい。宗教国境人種すべて超えて、まず手に取りたくなるものをつくろうと思いました」

 

セットで揃えるのはもちろん、単品で使っても良い。高岡銅器ならではの技術を活かし、花立て、燭台、お香たて、全てが叩くと「りん」と鳴るシリーズも。「そうしたところに、四津川ならではの創意工夫の精神が宿っています」と晋さん。

  • 「塔音-tone」

  • 花立て。内側に花をシュッと立たせるための工夫がある

  • 花立てを構成するパーツは、左から高岡、新潟の燕三条、福井の鯖江、石川の山中と、上信越4県にまたがってつくられている

  • 金属を和紙のように感じさせる加飾技術は高岡ならでは

もうひとつの新たな取り組み、「金ノ三寸」を中心になって立ち上げたのは兄の四津川元将さん。

 

本社からもほど近い金屋町の町家を改装したゲストハウスは、贅沢にも一棟貸し。室内には「喜泉堂」※の香炉や茶道具が設えられ、「KISEN」のテーブルウェアを使った朝食が供される。

喜泉堂:四津川製作所が展開する美術工芸品ブランド。脱蝋鋳造による超絶技巧が特徴で、海外でも人気が高い。

 

「装飾品であれ食器であれ、ものの魅力は暮らしの中で実際に使ってわかるものじゃないですか。四津川の製品を”体感”してもらう場をつくりたい、それがゲストハウスという形になりました

 

心のチューニングを適えるインテリアブランドと、高岡銅器を体感できるゲストハウス。どちらも世界全体が未曾有の事態に混乱し疲弊している、今だからこそ提案する意味と意思を感じさせるものだ。

  • 「金ノ三寸」入り口すぐのバーカウンター後ろにずらりと並ぶ「KISEN」の木盃

     

  • 迫力のあるダイニングの床飾りは「喜泉堂」のもの

  • 空間の余白によって、ショールームに並んでいる時とは違った表情がみえてくる

  • 花瓶や香炉など、装飾品はすべて購入可能

生命線としてのデザイン

 

四津川製作所の創業は1946年。花器や香炉など美術装飾品の製作を主に行う中で、約30年前に自社工場を閉じ、いわゆるファブレスのメーカーに。企画とデザインを研ぎ澄ませ、製品に応じて適した職人の技を集結させる、プロデューサー的役割に特化するようになった。

 

「KISEN」「空穏-KUON-」のブランドプロデューサーである晋さんは、プロダクトデザイナーでもある。分業を旨とする高岡銅器産地内では、デザインの内製は実は珍しい。

 

「自社工場を持たない僕らの生命線は、デザインの価値なんです」と晋さん。

 

驚いたのはデザイナーが会社を継いだのではなく、経営後継者の1人である晋さんがデザイナーに「なった」のだということ。

ここからは少し、晋さんのライフヒストリーに絡んだ紆余曲折をたどる。

 

晋さんは学生時代からアメリカに渡り、経営管理学を学んだ後にロサンゼルスの日系企業で経営陣として働いていた。約10年に渡るアメリカでの暮らし。ロサンゼルスのオフィスとマンションを行き来する生活。

 

「戻ってきたのは、格好つけずにいえば『疲れた』からです。すごく疲れているときに台湾のルーリーガンファンのガラス工芸※を街中でふと目にして、何かが腑に落ちて。自分なりに家業を通じて世界に提案できることがあると思いましたそれで、帰っていい?と兄に聞いて、いいよとなって。笑」

琉璃工房(ルーリーガンファン):台湾のガラス工房。中国古典のガラス技法を現代に蘇らせ、卓越した芸術的取り組みと職人技で高い評価を受ける。作品は世界中の美術館に収蔵されている。

 

高岡に戻ってきた当時、晋さんが選んだのは意外にも「原型師への弟子入り」だった。

 

自分がデザイナーの視点を持てなければ、うちのような会社は立ち行かないのではないか。当時はほかの伝統産業のメーカーや作り手さんがブランディングをワッと形にしているときでしたが、僕は自分なりの仮説にもとづいて、原型師さんのもとでチマチマと粘土を捏ねていました。兄もそれがいいと同意してくれて」

  • 晋さんが手がけた干支置物。右手前2つの茶色のものは粘土で彫塑した原型。抽象と具象の程よいバランスでどんなところにも飾りやすいと好評

原型師・山辺宗孝氏と金工家の村田宏氏に師事した後は富山県のデザインセンターでCADを学び、晋さん自身が「デザイン」を体得していく。そうしたなかで、6年前に「KISEN」が誕生。ダイニングシーンを中心とすること、金属を際立たせるための異素材との組み合わせといった方向性も、兄弟で話し合いながら決めていった。

 

はじめに展開した木杯のシリーズは、かろやかな木の見た目を裏切る、重力を感じるほどの金属の重みに特徴がある。

 

デザインを起こしたのは晋さん。木のパーツをつくるのは、石川の山中漆器産地。技術的難易度の高い異素材の組み合わせを適える、他伝統工芸産地が近くにあったことも背中を押してくれた。

 

KISENは発表当初から大いに注目され、百貨店を始めとする様々な売り場で展開していく。

  • 「KISEN」ブランドのデビュー作である木盃たち。2〜3ヶ月の試行錯誤ののち、一晩で降りてくるように全ての形が決まったという

デザインとは見た目をおしゃれにすることではなく、何らかの問題解決を適えるもの。KISENのデザインは、潜在的なニーズを形として顕在化している。

 

たとえば世界初のツーピース構造を持つワイングラスは、ステムがなくてもスムーズなスワリングができるワイングラスとして特許を取得。デザインの優美さと実用的な機構により、寿司屋や天ぷら店などカウンターを手が行き交う店や、扱いやすさと本格性を備えたい人々から好評を得、大ヒットの兆しをみせている。

 

「自己満足な押しつけでは、求められません。物事の本質を掘り下げたところで金属に何ができるのか、いつも考えています。問題解決をかなえながら、どれだけ美しいものがつくれるか。そこに創意工夫を惜しまないことが、連綿と続いてきたうちの精神なんです」

 

現在は晋さんを含め社内外のデザイナー数人と、同じ目線でチームとしてのプロダクト開発を行っている。

  • ワイングラス「AROWIRL」。金属製のピボットベースの上でガラスをまわすことにより、ステムなしでのスワリングが可能になる。コンセプトと基本機構は晋さんのアイディア。デザインは後藤史明氏

  • ゆらゆら揺らめくカップ「AKA TILT・SWING「SHIRO TILT・SWING」。四津川晋デザイン

  • 極限的にシンプルなデザインにより真鍮の魅力が際立つ箸置きとカトラリーレスト。四津川晋デザイン

  • キノコのような形が愛らしい「Dish FUNGI」デザインは吉田真也氏。大ファンになり繰り返し注文をくれるシェフもいるとか

バックグラウンドを感じる旅を

 

一方、KISENの展開からお客様と接する機会を持つようになった兄の元将さんは、直接耳にする声に歓びを感じるとともに、もっと深く製品の魅力を伝えたいと思うようになっていった。その想いが結実したのが「金ノ三寸」だ。

 

「酒器の良さはお酒を飲んでわかることですが、売り場でお酒を振舞うことはできませんよね。金ノ三寸ではキッチンにもKISENの商品をしつらえて、宿泊される方が自由に使えるようにしました。スペック等の情報ではなく、感覚的に良さを受け取ってもらえたら」

もうひとつ立ち上げの根底には、江戸時代からの高岡銅器職人の街・金屋町への想いがある。金沢や能登への通過点である現状を打開したい。そのために必要なのは宿泊施設であり、観光地ではない場所へ人の流れをつくっていくことが、これからのあり方じゃないか。そうして先陣を切ることが後に続く人の背中を押し、街を発展させるはずだと元将さんは考えている。

 

重要なのは、バックグラウンドがある宿ということです。彼ら(晋さんや社員や職人たち)が、試行錯誤しながら一生懸命ものと向き合っている、その空気感を伝えられたら。僕が金屋でやるからこそできる、他では真似できないものがここには詰まっています」

  • 金の三寸と金屋町夕景

  • 「月」棟のリビング

  • 寝室

晋さんにも、高岡・金屋町といった場所への想いを聞いてみた。

 

「小さい頃は鋳物工場を通ってお風呂に行くような生活で、汚い印象もあって、あまりポジティブに捉えていませんでした。なるべく遠いところに逃げちゃおうと思ってたのに、帰ってきた今思うのは、プロダクトをゼロからつくって新しい価値を提案できる、こんなに素晴らしい仕事なかなかないぞと。せっかくなんでこの大きな転換期を僕らはプラスにとらえて、次の時代につなげていく動きがしたいし、それができるのが高岡だと思っています

 

連綿と続いてきたものづくりの街・高岡。そこで四津川兄弟が生み出すのは、ものが誘う過ごし方や旅といった、喜びの泉となる人の時間なのかもしれない。

PROFILE

四津川製作所

400年余りのモノづくりの伝統が息づく富山県高岡市、高岡銅器発祥の地である金屋町で代々続く高岡銅器製造元。花器、香炉、置物、鉄瓶など暮らしを彩る品々をはじめ、様々な金属工芸品の企画制作・販売をおこなう。創業当時から受け継ぐ雅号「喜泉」には、人々の暮らしに喜びと潤いを添えたいという思いが込められ、その思いと情熱は今もすべての品に注がれている。

KISEN、喜泉堂:http://www.kisen.jp.net/  

空穏-KUON-:https://www.kuon-life.com

 

金ノ三寸

四津川製作所発・高岡銅器を「体感する」一棟貸しの町家ホテル。伝統工芸士の指導による仕上げ体験など、高岡ならではの体験の提供も行う。

webサイト:https://kanenosanzun.jp/

籔谷 智恵(ライター)

神奈川県藤沢市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。「人の手が持つ力」を知りたいと重要無形文化財「結城紬」の産地に飛び込み、ブランディングや店舗「結城 澤屋」立ち上げなど活性化に奔走する。結婚後は札幌で1年間暮らし、富山へ移住3年目。現在は今後の住まいとする県西部の田んぼの中の民家をリノベ中。今一番興味があるのは人類学。http://chieyabutani.com/