地の食材を選ぶように、地の工芸品を使う

小松市の住宅街の一画あるレストラン「SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ・ヤーン)」には、イノベーティヴで実験的な一皿に出会うため、県外からの来客も絶えない。シェフの米田裕二さんが一貫してこだわるのは「自身のルーツ」と「その土地のものを使う」ということ。地元工芸作家のコラボレーションにも積極的な米田さんに、これまでの歩みと産地で店を構える可能性についてうかがってきました。

  • 「yarn」は英語で、「糸」の意味。小松は繊維業が盛んな地だった。

  • 妻・亜佐美さんの実家が営んでいた元撚糸工場をリノベーションした建物。

  • 躯体はほぼ当時のものを利用。小松の歴史と、家族の歴史が組み込まれている空間。

  • 加賀地方で古くから塀や蔵に使用されてきた観音下(かながそ)の石。

「SHÓKUDŌ YArn」のスペシャリテの一つが「肉じゃが」。
レストランのメニュー表にその単語が並ぶこと自体にまず違和感があるが、次に運ばれくるピンクや紫の団子にラグーソースがかかった料理の姿に驚かされる。これは一体…?しかし、一度口に運べば、懐かしさすら感じさせる紛れもない “肉じゃが” なのだった。

 

米田さんの料理では、和食や家庭料理の要素を因数分解し、全く新たな姿に再構築するような手法がしばしば用いられる。そこで生じるイメージの“ずれ”が、口にする者を無条件に笑顔にする。高価格帯のレストランであるにも関わらず、YArnの客席では度々歓声が巻き起こるのはそのためだ。

「ギャップで食べる楽しみを増幅させたい」という米田さん。その想いの根底にはヨーロッパの修行時代に経験した食のカルチャーショック、そして自身のルーツへの問いかけがあるという。

  • シェフの米田裕二さん。

  • 歓声と笑い声が絶えない客席。

  • 「肉じゃが」のためのオリジナルの器。以前は妻・亜佐美さんが毎回手書きで書いていた文字を、地元の陶磁器メーカーに依頼して焼き込んでもらった。

問われているのは、自分の“ルーツ”

 

大学卒業後イタリアに渡り、レストランで住み込み修行を始めた米田さんはあることに気づいた。
「当時でいえば月給10万円ちょっとのお父さんが、家族全員を連れて毎月一度レストランにやってきて、フルコースを召し上がってワインも飲んで帰られるんです。日本だとそういう“贅沢”はちょっと考えにくいですよね。でも、彼らにとってはそれがすべてというか。とにかく食に対する意識が凄く高いんです。例え仕事中のランチでも、ゆっくり食事をとろうという雰囲気がある。良い/悪いの話は置いといても、その“生きている感じ”が僕には心地よくて」

 

イタリアの風土にも馴染み、店を任せられるまでに腕を磨いた米田さん。しかし、イタリア人に対してイタリアの伝統料理を提供する中で、ある壁にぶつかった。それは“最後のエッセンスが自分には感知できない”ということだった。

「どれだけ勉強しても、どれだけレシピを聞いても、微妙な旨味というか“何か”が足りないんです。例えるなら外国のシェフに味噌汁をつくってもらっても、母や祖母がつくる味噌汁の味にはならないというような。そこで“イタリア人になりきれない自分”というものを突き付けられました」

その後スペインに渡り修行を続けるも、求められるのはやはり“日本人としての姿”だった。

「僕は大学を卒業してすぐにイタリアに行ったので、日本のことを実質何も知らないまま出てしまいました。姿形が日本人なだけであって、文化としての“日本人”ではない。それが、自分にとってのコンプレックスになっていたんですね」

 

約7年のヨーロッパ修行から帰国後、米田さんは地元・小松市の和食店で働き始めたと同時に、茶道の稽古に通い出した。「自分が一番欲していた部分をとにかく吸収していたというか。そういう意味では、日本人としてのアイデンティを形成した時期と言えるのかもしれません」。

和食店で8年間働いた後、2015年に小松市で奥さんの亜佐美さんと共に「SHÓKUDŌ YArn」を開く。海外で腕をならした米田さんにとって、東京など都市部で開店する選択肢もなかったわけではない。しかし、家族や出身地、そういった「自分のルーツ/ベース」を持つことの重要性は、ヨーロッパで身に沁みて感じたことだった。

  • YArnの中庭に植えられているオリーブの樹は樹齢200年以上。

“土地”という制限が開く可能性

 

YArnを開いてから、米田さんは積極的に地元の工芸品もコースに取り入れるようになる。作家に直接オーダーしてつくられたオリジナルの器も多い。「地元の工芸品を使うことは、僕にとっては地元の食材を使うことと何ら変わりません」とそのスタンスは気負いなく軽やかだ。

 

「結局は『何で石川でやるの』ってことなんだと思うんです。食材だって、豊洲市場から魚を仕入れることはできる。けれど、石川でやるからには石川のものを使わないと。例えばのどぐろ(※)だって、県産のものが質的に一番良いかと言われると、そうじゃないかもしれない。けれどそれこそが“この土地の味”じゃないですか。お客さんにとっても、どこでも食べられるものをわざわざ交通費払って食べに行く理由もないわけで。この土地が原点なんだ、という想いは年々強くなっています」

(※)のどぐろ…標準和名はアカムツ。北陸の冬の味覚のひとつに数えられる。脂ののった身が特徴。

 

  • 九谷陶石と、店が立つ地の土と、作家が使う粘土を混ぜてつくられた中嶋寿子さんの器。

  • 九谷焼のカップはオープン当初から使用するオリジナル。こちらは九谷の伝統技法・細字で知られる田村星都さんとのコラボレーション。

  • 梅の木を切り出したプレートには山中漆器の木地職人に穴を開けてもらい、山中塗を施した。

  • 加賀・山中で過ごした魯山人が生み出した山中漆器の写し。

また、工芸品を取り入れることが、料理に思わぬエッセンスを与えてくれるという。

「以前、KUTANismの企画でお声がけいただき、九谷焼の作家さんと料理をコラボレーションするイベントがあったんですね。僕自身九谷焼産地のど真ん中で育ってはいましたが、当初は『あの色の派手さや、絵付けの華やかさを料理と合わせるのは正直難しいのでは』という固定概念もありました。けれど、実際に料理を盛ってしまえば器との面白い化学反応が起きて。今ではあえて積極的に使ってみようと思っていますね」

 

料理と器の掛け合わせが生む未知なる展開。だからこそ、作家にYArnオリジナルの器を依頼する際も、自身の提案を押し付けるより作家性が発揮されるよう相談しながら進めていく。「料理人が自分の意志だけで決めて行くと、単調でつまらなくなることが多いんです。自分では全く思いつかない発想や視点が得られることが、作家が近くにいる産地で店を持つことのメリットなのではないでしょうか」。

  • 2019年の「KUTANism」で開催されたYArnと九谷焼作家・吉田幸央氏とのコラボレーション

  • 草花の上絵付けがなされた器に盛られたうどん。

  • 割れてしまった陶片も、米田さんの手にかかれば「器」となる。

  • 華やかな食器が並ぶ厨房。

古典がないと、イノベーティヴは成立しない

 

米田さんの発想力を求めて、世界的ハイブランドからも、続々とコラボレーション依頼が舞い込む。しかし「僕のような店が成立するのも、伝統や古典を継承する正統派なお店があるからこそ」と米田さんは強調する。

 

古典があるからこそ、そこから“ずらす”楽しみが分かる。うちのメニューの『肉じゃが』だって、本来の“肉じゃが”を知っているからこそ、驚いていただけるわけで。どんなイノベーティヴな表現にも、その根っこには必ず、その土地の歴史や文化があるべきなんです。そういった裏付けや組み立てがないと、奇抜なだけでとても空虚なものになってしまいます。

反対に、“くずし”があるからこそ、古典の良さが生きるという部分もある。『どちらが良い』という議論はある意味ナンセンスで、両方があるからこそ、互いに引き立て合えるのではないでしょうか」

 

対立軸ではなく、しなやかに撚り合って強度を増す糸のように。石川という土地の持つ伝統と、YArnの発想力が織りなす“味”をぜひこの地で体験してほしい。

PROFILE

米田裕二/能美市出身。金沢大学理学部卒。大学卒業後、イタリアを中心にヨーロッパのレストランで約7年修行し、帰国後は小松市の日本料理店で働き和食を学ぶ。2015 年に妻・亜佐美さんの実家がある小松市にて「SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ・ヤーン)」を開業。裕二さんが料理、亜佐美さんがデザートを担当する。HP: https://shokudo-yarn.com/

柳田 和佳奈(ライター/有限会社E.N.N.)

1988年富山県黒部市生まれ。富山大学芸術文化学部 文化マネジメントコース卒業。金沢で地元情報誌の編集者を経て、現在は有限会社E.N.N./金沢R不動産でローカルメディア「reallocal金沢」の運営などをしている。